1. コミュニケーションとは?
我々の生活において、頻繁に用いられる言葉ですよね。
今さらなのですが、あえて一般的な解釈としてシンプルに定義するならば、「コミュニケーションとは、自分の気持ちや考えなどを、言葉や身振りなどを通じて、相手に伝えること。」あたりになるかと思います。
そもそも、気持ちや考えを相手に伝えること、お互いの意思の疎通をはかることが大事なのは、私たちが社会性を帯びた存在だからです。私たち人間は、社会性をもつことで、人間関係をつくり、そして、その中で生活を送ることで、生き残りをかけて、生態系における現在の地位を確立させてきました。
集団をつくって生活しようとする人間の基本的な特性は、人が進化する歴史や過程の中で、必要に迫られて生まれたものです。つまり、逆に考えれば、私たちが、社会や人間関係の中でしか生きられないことが背景にあるからこそ、その中でより良く生きていくために、コミュニケーションが重要になるわけです。
コミュニケーションの基本は、「お互い」です。コミュニケーションを取ることの目的は、「互いに理解し合う」ことにあります。最終的に理想のゴールにあるのは、互いに理解し合い、合意を得ることです。
つまり、コミュニケーションの真の目的には、互いの合意形成があり、そのプロセスは、双方向であることが理想です。相手の理解に及ばない一方向的な伝達だけでは、円滑にコミュニケーションが取れているとは言えません。なので、相手が理解できない信号を一方的に送ったとしても全く意味をなさないという結末を迎えてしまうことになります。
たとえば、あなたが伝えたいことを相手が知らない外国語で、しかも、感情の入らない抑揚のないトーンの音声だけを流しても、何を伝えたいのかさっぱり理解されないでしょう。文字を読めない人に手紙を送っても、目の不自由な人に手を振っても、耳の聞こえない人に大声を出しても意味がありません。相手の理解があってはじめてコミュニケーションは成立するのです。
ということは、「コミュニケーションとは、自分の気持ちや考えなどを、言葉や身振りなどを通じて、相手に理解できるように伝えること」というように加筆修正しなければなりませんね。
2. コミュニケーションが上手い人
コミュニケーションが上手だなと感じられる人には共通点があります。たとえば、表情や雰囲気が柔らかく、笑顔や笑いが絶えないとか、話すトーンやスピードが心地良いとか、こちらの話を真剣に聴いてくれて、話がしやすいとか。
やはり、何といってもコミュニケーションを取ることの重要性を感じるのは会話中です。極端なことをいえば、コミュニケーションスキルは、「自分が話をすること」と「相手の話を聴くこと」の2つに分類されてしまいます。よって、この2つのバランスが取れた人がコミュニケーション上手と言えるでしょう。
まずは、前章でお伝えしたように、伝える時には、相手に理解できるように伝えてくれる人が、コミュニケーション上手な人です。また、会話は双方向で、いわば、キャッチボールですから、話し手に良い球を投げさせてくれるように、ボールを受けてくれる人もコミュニケーション上手であると言えます。つまり、聞き上手であるということですね。
講演家やセミナー講師など、話がうまい人はたくさんいますが、その人たちがすべてコミュニケーション上手な人かといえば、決してそうではありません。学校の先生も同じで、かつて私の通う学校でも、雄弁に語り、はつらつと授業を行ってくれる先生が、授業が終わると急に暗くなって人が変わってしまったようになる先生が何人もいました。
少し話がそれましたが、ま、どちらにしても、常に「相手」「聞き手」の存在を意識して会話することができる人が、コミュニケーション上手な人であるということができます。「話し上手は聞き上手」とよく言われますが、まさにその通りであると思います。
コミュニケーション上手は話し上手でもあり、聞き上手です。会話の中でほとんど話をしなくても、聞き上手であれば、相手に与える印象は話し上手になる可能性が高くなります。ならば、極端な話をすれば、どちらか一方が全く話をしなくても会話は成立してしまいます。ただし、話をしている相手が会話をしていると思っていればの話ですが。
ということで、先ほど修正したコミュニケーションの定義を、さらに加筆修正する必要がありそうです。「コミュニケーションとは、自分の気持ちや考えなどを、言葉や身振りなどを通じて、相手に理解できるように伝えることと、相手を理解し、受け入れられるように努めること」
3. コミュニケーションが下手な人
ネット上で、コミュ障(こみゅしょう)という言葉をしばしば見かけますね。ご存知の方も多いかと思いますが、これは「コミュニケーション障害」の略語です。
本来の意味の「コミュニケーション障害」は、視覚障害や聴覚障害など、身体的障害に起因するものも含まれるのですが、「コミュ障」と用いられる場合は、実際に定義される障害とは大きく異なり、「コミュニケーション下手」というような意味合いで用いられることが多いようです。
たとえば、
- 友達がいない。親友と呼べる友達なんてなおさらいない。さらに、異性の友達もいないし、恋愛下手。
- 内弁慶で家族にだけは強気で話す。わがままも言い放題。
- 家で引きこもっているのが好き。休日は家から一歩も出なくても平気で、ゲームやパソコンが友達。
- 話し下手で、他人との会話が続かない。相手に何を話せばいいのか分からない。
- 自分のことを話すのが苦手で、相手の顔や目を見て話せずに、自然な会話もできない。
- 顔見知りとすれ違っても、知らないふりをして、挨拶もしなかったりする。
- 人見知りがひどい。電話でさえ、かけるのも苦手だし、取るのも苦手。
- 人がたくさん集まる場所や社交的な場所が苦手で、一人で飲食店にも入れない。
etc・・・
あなたの周囲にこんな人はいませんか?
もしくはあなた自身のことだったりして?
コミュニケーションを取ることが苦手な人には、共通点があります。コミュニケーション下手には、一般的にネガティブな人が多いです。反対にコミュニケーション上手は、ポジティブな人が多い。
コミュニケーション下手は、物事の受け止め方や認知の仕方が、ネガティブで良くない方向にとらえがち、考えがちです。コミュニケーション能力を向上させようと、様々なやり方や手法は巷に溢れていますが、残念ながら、それらをうまく使えていない人も同様に巷に溢れています。
ダイエットの流行があれやこれやと次々と変わるものの、様々な商品が売れ続けるというのは、結果が出ていないからです。それと同じです。つまり、成果を出している人は少ないということですね。本質的に変化を起こそうとするならば、上辺の手法論ではなく、もっと根本的な本質論に目を向けなくてはなりません。
4. コミュニケーションを阻害する本当の理由
本当の意味でコミュニケーションを阻害しているものは何でしょうか?
コミュニケーションは技術的な側面で大きく改善できることがあります。コミュニケーションの重要性を示してスキルアップを促す情報は世の中に溢れています。そもそもコミュニケーションの全てが技術だとすれば、その気になれば、どこまでもコミュニケーション上手になることは可能でしょう。
ところが実際にはそうではありません。どんなに素晴らしいコミュニケーションテクニックを学んでも、それを使えない人は大勢います。それは、一体なぜでしょうか?
傾聴が大事ということで、オウム返しや相槌、ミラーリングだのペーシングだのと、技術的なことだけを考えていても、相手はきっと聴いてもらえているとは感じないでしょう。そんなことを知らなくても、聞き上手な人は天然で上手です。
たとえば、上司からすごく褒めてもらったり、友人から丁寧に謝ってもらったり、お店などで、笑顔で接客されても、なぜかすっと入ってこない、受け入れられないなと感じたりしたことはないでしょうか?
つまり、技術だけでは補えない何かが相手に伝わっているということです。知らぬ間にコミュニケーションの受信側は、発信側の人から何らかを受け取ってしまっているわけです。
他者との関係性をうまく築けない人には共通した特徴があります。たとえば、人と話すのになぜか緊張してしまうとか、自分に自信がないとか、コミュニケーションが苦手だなどと思っているとか、自分の考えや意見をはっきりと言えないとか。「思考は現実化する」と言われるように、自分が考えていることが目の前の現実に反映されて行きます。実は、他ならぬ自分が自分に対して抱いているイメージこそが、現実の世界の自分を作り出しているということです。
潜在意識レベルで、自分が思い込んでいたり、信じ込んでいる自己像を「セルフイメージ」と言います。「自己認識」などと言ったりもします。この「セルフイメージ」が、自身が本来もっている能力を向上させたり、反対に過小評価して物事に限界を設けてしまいます。セルフイメージ次第で、周囲に与える印象は、天と地ほどにも大きく変わってしまうことになります。
つまり、この「セルフイメージ」こそが、コミュニケーションのカギを握っているというわけです。ズバリ、他者とのコミュニケーションを阻害するものの正体は、自らが描く「セルフイメージ」です。
5. 2つのコミュニケーション
コミュニケーションは、常に表にあるものと裏にあるもの、コインのように表裏一体で2つ存在しています。
1つは、他者とのコミュニケーションです。例えるならば、コインの表にあたり、通常は、これを指してコミュニケーションと呼びます。自分と他者との間のコミュニケーション、つまり、「自分が話をすること」と「相手の話を聴くこと」です。
もう1つは、前章でお伝えした通り、自分自身とのコミュニケーションです。これは、中々目に見えない部分であり、コインの裏側にあたります。
これら2つのコミュニケーションの相関関係は、正比例の関係にあり、それは、まるで振り子の様です。つまり、実際のコミュニケーションにおいても、自分との会話が上手な人は、他人との会話も上手ですし、自分との会話が下手な人は、他人との会話も下手になります。
自分に自信がない人は、無意識に他人にそれを証明しようとしてしまいます。他人の目を見て話せないのも、笑顔になれないのも、早口で一方的に話をしてしまうのも、自分に自信が無いことの表れです。あがって話せなくなるのもひとつの兆候です。
そのような場合、他人とのコミュニケーションを円滑にうまく取りたいと思うならば、まずは、自信を取り戻すことから始めなければなりません。自分の外側にある事物に対し、フォーカスして物事を考えるよりも、先に、自分自身の内側を見る必要性があるということです。どれだけテクニックを学んでもうまくいかないと思っている人、いや、そうではなく、より良くなろうと思っている人であっても、まずは自分を知ることがコミュニケーション能力を引き上げて行くための第一歩となります。
極端なことをいえば、学習しなくても、コミュニケーションスキルは勝手に身につくこともあります。学んだこともないのに、傾聴することが上手な人はいますし、自然とコーチング的な技術を身につけている人もいます。そのような人は大抵、自分のことを理解していて、オープンな性格だったりします。隠すことなく、自己開示し、相手のとの間に信頼関係を築くのが上手です。
心に余裕がありますので、相手に対する心遣いや配慮ができて、その人の立場に立って話をすることができる人です。私たちは、そのような人に出会うと、とても魅力的な人だと感じるわけです。つまり、自分の内外共に、どちら向きのベクトルでもコミュニケーション上手な人だと言えるでしょう。
6. コミュニケーション上手への近道
私の知る限り、人間的な魅力のある人にコミュニケーション下手はいません。つまり、人間力が高い人は自然とコミュニケーション能力も高まるということになるでしょう。
ということは、真の意味でのコミュニケーション上手への道に近道はなく、遠く長い道のりとなるのかもしれません。一朝一夕にコミュニケーションマスターになれるなんていう特効薬のようなものはありません。付け焼刃で、多少の改善はあっても、他者との関係が長い付き合いとなれば、いずれボロが出ます。
前述したように、他人との会話の前に、まずは自分との会話が必要です。他人とのコミュニケーション能力を高めるための近道は、まずは、自分自身とのコミュニケーションを円滑に取れるようにすることです。そのためには、良いところ悪いところ含めて自分自身を受け入れ、理解していくことが求められます。
つまり、はじめに自分の心の問題に向き合うことが必要だということです。相手のことを考えることや、テクニックを身に着けることはその後のことです。物事には順番があります。これは、家の作り方と同じで、土台が建物の後に工事されることがない様に、相手と対話する前に、自分との対話をまず始めなくてはならないということです。
心の問題を取り扱う心理カウンセラーは、自分の問題を先に解決しておかないと、クライアントの問題を解決できないと言われています。実際、クライアントの相談内容が、実はカウンセラー自身も抱えている悩みだった場合、クライアントと融合してしまい、解決への出口は見えなくなってしまいます。つまり、自分に問題があると気づいていなければ、他人との関係性においても気づかぬうちに問題を抱えてしまう可能性があるということです。
しかも、自分の内側に存在している問題の原因を外側に見出そうとするわけです。しかし、元々存在しないものを探したところで、見つかるわけがありません。結果、相手を悪者に仕立て上げ、自分は言い訳や正当化を繰り返すことになります。こうなるともうコミュニケーションどころの話ではありません。
他人のことよりも、まずは自分を知ることから。それがコミュニケーションを円滑にし、ひいては、人間関係を良好なものにしてくれる近道となるでしょう。
7. 社内・職場を活性化する4つのコミュニケーション
1.結果を共有し合う
基本的には、職場であろうと、プライベートであろうと、人と人とのコミュニケーションで大事なことは何ら変わりません。ですが、職場とプライベートでの環境ではいくつかの違いがあります。
それは、ひつつには、会社や組織における関係では、お互いに共通の目的の下にそれぞれが目標をもっているということです。つまり、組織に属する各人が、求める結果を持っているということです。そのため、それによって目に見えるかたちで「責任」も発生します。
この結果や責任を、それぞれのメンバーが理解し合い、グリップすること、共有し合うことが、まずは職場でのコミュニケーションの入り口となります。社是社訓、理念や指針や目標や計画。求める成果や共通の目的のために一体感を持つことが求められるのがチームです。
2.サポートし合う
チームはメンバーそれぞれが、お互いをサポートし合いながら共通の目的を達成するために日々努力をします。自分一人が成果を出すだけでは十分ではありません。
一人ひとりの社員の成長こそが、組織全体の成果を引き上げます。一人ひとりの果たすべき責任にきちんとフォーカスが当たり、目指す結果が実現されていくような環境を生み出すことが大事なことです。
そのためには、自分だけが良ければ良いという自己中心的な考えを捨て、自分と同じようにチームのメンバーが成果を出せるようにサポートすることです。これは、組織内においては、非常に大事なコミュニケーションのベースとなります。
3.感謝し合う
いつも同じ環境にいて仕事をしているとお互いの価値観だけで凝り固まり、いろんなことが固着化してしまいます。流れのない水は腐ります。腐った水は飲めません。
組織の空気や風土も同じで、「あたりまえ」や「ふつう」や「常識」なんてものを組織内でつくってしまうと組織は腐ります。メンバー同士、お互いの関係性において「あたりまえ」が増えるとできなくなることがあります。それが「ありがとう」、つまり、感謝です。
また同様に、「ごめんなさい」もできなくなります。感謝や謝罪のできないコミュニケーションでは、組織をより良い状態に保つことは難しいでしょう。経営者や上司などのリーダーは、特にこれらのことに意識が薄くなります。
社員や部下の存在に感謝できない、良いところを見出せない、などと言っていると、ダメ出し、説教のオンパレードになり、人を育てるどころか、離職者を増やす原因にもなってしまいます。ないことにばかり目を向けるのではなく、すでにあることに目を向けるのが「感謝」することの秘訣です。
4.問題・課題をも共有し合う
社内のコミュニケーションで最もハードルが高いコミュニケーションが部下から上司への「報連相」でしょう。説明責任を果たすことは、部下の責任となるのですが、問題を抱えれば、隠したくなるのが人の情。しかし、隠し続けることができる問題はそうそうありません。
嘘に嘘を塗り重ね、結果的に雪だるま式に対処できない大きな問題に発展し、気づいた時には、時すでに遅し・・・なんてことだけは避けたいところです。しかしながら、このこと自体が、多くの職場で抱える大きな問題となっています。
上司は、問題が隠れ、埋もれてしまわないようにするために、リーダーやマネージャーとしてのコミュニケーションのあり方を学ばねばならないでしょう。部下が責任を果たすことができるようにサポートすることが求められます。
社内・職場を活性化する4つのコミュニケーション
- 結果を共有し合う
- サポートし合う
- 感謝し合う
- 問題・課題をも共有し合う
これらを社内で仕組化することでより良い風土を生み出すことができます。つまり、より良い成果を生み出していくための土台や基本原則となるものです。いわば、人が成長し、ゴキゲンに仕事をするための環境となる土壌の耕し方です。
しかし、やはり、それよりも先に耕さなくてはならないところがあります。それは人の思考や感情など、マインドという畑です。その畑が荒れていては、芽は出ません。
リーダーやマネージャーとしてのコミュニケーションのあり方。
チームメンバーとしてのそれぞれの立場での責任。
組織の職場活性化においては、これらが大きな鍵となります。
8. 社内・職場におけるコミュニケーションの現状
心理カウンセラーがカウンセリングを行うときに大事にしている基本技法があります。それが、「受容」「共感」「傾聴」です。相手の言葉に耳を傾け、理解し、自分の尺度で価値判断せずに受け入れるということです。
これは、2章で定義づけた、「コミュニケーションとは、自分の気持ちや考えなどを、言葉や身振りなどを通じて、相手に理解できるように伝えることと、相手を理解し、受け入れられるように努めること」ということの、コミュニケーション上の受け手側の姿勢や必要な技術そのものです。つまり、職場でのコミュニケーションの取り方も同様で、関係性を良好なものにするためには、お互いに、この他者を受け入れる姿勢を保つことがとても重要なことです。
そもそも、役職の上下、役割の違いに関わらず、職場においても、誰もが「人間」として平等であることは何ら否定できないことです。しかしながら、現実はどうでしょうか?
時に社員や部下は、経営者や上司の手足、駒、時に奴隷というような扱いを受けてしまうことがあります。「人」としてではなく、便利な道具や邪魔な物というように、「物」扱いをされていて、果たして円滑なコミュニケーションを取ることが可能でしょうか?
多くの場合、コミュニケーションが大事だから、面談を増やしてみようとか、レクリエーションを増やしてみようだとか、手法やツールばかりに目が行きがちです。しかしながら、それでは、本質的な改善や問題解決には至りません。お互いがまず、相手を「受容」していなければ、先には進めないのです。
その上で、相手の立場をはかることが求められます。相手の立場に立って理解する姿勢、つまり、「共感」の姿勢です。「傾聴」することは、さらにその後のことになります。相手を自分と同じ「人」として見る。自分が考え、感じる様に、相手の立場を尊重し、共感する。「やり方」の前に、大事なことは「あり方」です。
でも、そんなこと言ったって、簡単に相手のことに共感なんてできないよというように思うかもしれません。ましてや、言うことをきかない部下、無能な上司、敵対している社員、夫婦、親兄弟、親戚、友人、ご近所さん。そんな人たちの話に共感などできるはずがない。そう思うかもしれません。
次章では、少しその辺りに触れてみようと思います。
9. リーダーのコミュニケーション
「共感」を辞書で調べると、「他人の意見や感情などにそのとおりだと感じること。また、その気持ち」というように説明されています。さて、ここで壁となるのが、果たして、相手と同じように「そのとおりだ」と感じることができるかどうかということです。
敵対している人など、特に相手と同じ気持ちに即座になれるかどうか、疑問が湧いてきます。人は、置かれている環境や立場がそれぞれに違いますし、性格だって違うわけですから、個々の考えや感情が違って当たり前です。よって、そもそも相手と同じようになれるかどうかと悩むこと自体がナンセンスです。
同様に、上司と部下では当然立場が変わりますが、いつもすれ違いが生まれてしまうのは、相手の立場で物事を考えず、自分の立場だけで物事を考えてしまうからです。部下が上司よりも判断が鈍ることや能力が落ちることは当然あるでしょう。経験不足から失敗をすることもあるでしょう。だから、部下なのです。
反対に、上司が部下と同じようなレベル間で感じ、考えていたら、社内での上司としてのポジションは危ういでしょう。だから、上司なのです。それを部下は理解しなければなりません。とはいえ、上司が、それを部下に強制していてはコミュニケーションどころの話ではなくなります。
日本で心理カウンセリングといえば、大抵の場合は、カール・ロジャース(Carl Ransom Rogers, 1902 – 1987)に源を発するカウンセリング手法を指します。 ロジャース派のカウンセリングは、非指示的療法です。つまり、クライアントが中心の療法であり、これは、人間中心療法と呼ばれています。

カール・ロジャース (※出展ウィキペディア)
驚くべきことに、この人間中心療法では、カウンセラーの知識や技量はほとんど重要視されません。言ってみれば、誰でもカウンセラーになれるということにもなります。実際のところ、医療関係での仕事はそれなりの資格を必要としますが、心理カウンセラーとして仕事をしていこうと思えば、自分はカウンセラーですと手を上げれば済んでしまう話です。
しかし、これは、我々が普段行う通常時のコミュニケーションにおいても、非常に重要なことを示唆してくれています。
ロジャースは、
- ①「無条件の肯定的配慮」
- ②「自己一致」
- ③「共感的理解」
の三条件をカウンセラーが満たせば、 クライアントに本来備わっている、人としての自己実現傾向が発動し、問題解決や自己成長を促していくと言っています。つまり、自立型の社員を生み出すための秘訣がここに隠されているということです。
このカウンセラーとクライアントの関係は、まさに成長する組織の上司と部下の関係そのものと言っても良いでしょう。
- ➀「無条件の肯定的配慮」とは、相手を一人の独立した人間として無条件に認め、ポジティブ、ネガティブ、どちらの面をも受容することです。
- ②「自己一致」とは、「自分が知っている自分自身」と「客観的に観察できる自分自身」が一致している状態のことを指します。
前述したセルフイメージと自分の経験していることが一致している状態を指します。つまり、思考や感情、言葉や行動が一致している状態のことです。 - ③「共感的理解」とは、読んで字のごとく、あくまで「共感的」なのであって、「共感」ではありません。
ここは大事なところです。
ということは、「共感」ができないからと言って、嘆く必要性はないということです。相手の言っていることがわからない、共感できないといって相手を責めるのはおかしなことです。相手の話を聴き、そして、目の前にいるこの人は、そう思ったり、感じたりしているのだな、とただ受け入れれば良いだけです。
つまり、推定作業です。他人と自分は違って当たり前だし、だからこそお互いに補い合うことが求められます。そうやって生まれていく拡がりが社会です。違いがあるほど人間らしくて良いわけです。
たとえ、自分が相手と違う思考や感情をもっていたとしても何ら問題はありません。そもそも、誰かや何かに無理に合わせようと変えれば、自己一致することなく自己矛盾を起こします。ならば、自分自身に対しても、そういうものだと共感的理解をして行けば良いわけです。
「無条件の肯定的配慮」、「自己一致」、「共感的理解」。これら3つをまとめると、自分の価値観に基づいて偏った評価判断をするのではなく、一個の人間として、無条件に他者を受け入れ、時に相手の目線で物事をはかり、理解できるように努めることです。故意に相手を騙すなんてのは、問題外ですが、言っていることとやっていることを合わせ、他者に矛盾を感じさせるようなことをしないことです。
これは、まさにリーダーのあり方そのものです。つまり、経営者や上司などのリーダーは、社員や部下たち、フォロワーに対して、時にこのカウンセラーの姿勢を実践するべきだと思うわけです。優れたリーダーは、時にカウンセラーであり、コーチであり、またコンサルタントでもあります。
10. まとめ
「コミュニケーションとは、自分の気持ちや考えなどを、言葉や身振りなどを通じて、相手に理解できるように伝えることと、相手を理解し、受け入れられるように努めること」です。
コミュニケーションは双方向。他者をコントロールするような独りよがりなコミュニケーションスタイルではなく、相手の立場を尊重し、考え、そして理解することが大事なことです。
人が社会の中でより良く生活し、より良く生きていくためには、やはり、関係性の中でどう生きるかを考えなくてはなりません。つまり、関係性の中での自らの「あり方」を考えることが欠かせないことです。ならば、まずは自分自身を理解するために、自らの内側との対話を深め、己を知ることから始めなければなりません。「自分が知っている自分自身」つまり、セルフイメージと「客観的に観察できる自分自身」を一致させていくことです。
そもそも、「セルフイメージ」とは、高めるものではありません。無理に高めれば、現実とのギャップに必ず歪が生じます。ありのまま、そのままのリアルな自分と、目標とする理想の自分との間に悩むのです。すると、今度はセルフイメージを下げ、できない自分や価値のない自分を生みだして、自信を失って行きます。
結果、自身を受け入れられない状態である「自己不一致」を招いてしまいます。それが、振り子の作用で、他者にも影響し始めるのです。
コミュニケーションは振り子のようなものです。自分の状態を正しく認識し、受け入れることができなければ、他者を受け入れることは難しくなる一方です。自分を含め、相手に対しても、条件をつけて評価判断をすることをなくしていくことが求められるのです。
とかく、ビジネスや会社という括りで物事を考えると、経営者や上司は、社員や部下を条件付けして見がちになります。しかし、そのような色眼鏡をはめて他者を扱えば、健全なコミュニケーションは崩壊します。社内や職場を活性化させるコミュニケーション能力を高める鍵は、いつでもあなたの中に眠っています。
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